金継ぎの家 ほしのさなえ

  • 2022.11.05
金継ぎの家 ほしのさなえ

阪神淡路大震災で高校生の時から愛用していた湯呑みが割れた。ボロアパートの一階にあった我が家は床がぽっこり盛り上がってしまった。そのお陰で冷蔵庫も食器棚も全て壁にピタリと寄り掛かって止まり、割れた食器はこの一番のお気に入りの湯呑みだけ。ボロアパートの隣の家は反対に床がぺこりと凹んでしまい、全てのモノが倒れ何もかもが粉々になっていた。怪我をしなかったのが不思議なくらい色んなものが倒れ重なっていた。当時我が家には生まれて半年の赤ん坊がいたので、隣の家の状況だったら大変なことになっていたかもしれない。あの湯呑みはきっと身代わりになって僕たちを守ってくれたんだなと思った。
それから何年も経て仕事の都合で関東に引っ越した。街を歩いていて偶然にもあの身代わり湯呑みに似た焼き物に出逢い、それからその湯呑みを愛用していた。お茶を飲む度にあの頃を思い出していた。年末のある日、とうとうその湯呑みも割れてしまった。正確に言うとヒビが入っていることに気づいた。大きな衝撃で割れたのではなく、日々の生活を受け止めてヒビを作った感じの細く目立たないヒビの入り方だった。ヒビの漢字を知らないけれど、もしかしたら日々と書くのかもしれない。これもきっと僕の身代わりになってくれたのだと思った。
春になって、美術品の修繕をしている方に預けて金継ぎをしてもらうことにした。その方から修繕を終えた湯呑が届いた。ヒビの入ったところを少しずつ埋めては乾かし埋めては乾かし、これを何度も繰り返して半年かけて修繕してくれた。湯呑と共に僕のこれまでの人生を継いでもらったような気がした。

本: 「金継ぎの家」 ほしおさなえ
ブックカバー: 神楽坂 紀の善