花の百名山 田中澄江
- 2024.12.04
- 本
あれは確か大学二年から三年に上がる春休みだったと思うので、今から40年も前のことです。学生寮に暮らしていた、先輩のYさんと同期のS君と僕の3人は、悩み事と言えばその日の酒の肴を何にしようかと思う程度のことで、お金はなかったけれど時間だけはたっぷりと持て余しておりました。その日はポカポカ陽気でしたので、その夜の酒の肴になるツクシを採りに行こうということになり、三人で太宰府に出掛けました。天満宮と竈門(かまど)神社の間の田んぼでツクシをたくさん採りました。帰りに、天満宮の裏筋にある禅寺「光明禅寺」に立ち寄りました。ここは人の多い天満宮とは異なり、お御堂には誰も人がおらず三人はすっかりくつろいでしまいました。すると事もあろうにS君はお御堂の畳の上で大の字になって昼寝を始めたのです。Yさんと僕は、S君を起こさずにそのまま放っておいた方が何かと面白いことになるのではないかという事で意見が一致して、ツクシだけを持って静かに立ち去りました。さて、夕方になり暗くなってもS君は学生寮に帰って来ません。そんな事は全く心配ではないYさんと僕がS君の帰りを待つわけもなく、とっとと宴会を開始しました。しばらくしてようやくS君が帰ってきました。目が覚めたら時計を失くしたことに気が付いてツクシを採った田圃まで時計を探しに戻り、見事に探し出してきたとの事でした。Yさんは「なかなか帰ってこんけん、俺たち無茶苦茶心配しとったとよ。」と適当な事を言いながら、僕たちはツクシの卵とじを肴にその夜もぐだぐだと安い焼酎を呑みました。大宰府天満宮の奥にある宝満山へは山岳部のトレーニングで何度も登った山。宝満山と大宰府の梅、そして田んぼのツクシは僕の個人的な花の百名山のひとつです。
本: 「花の百名山」 田中澄江
ブックカバー: 梅が枝餅 かさの家
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